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岡山地方裁判所 昭和44年(わ)795号 判決 1971年10月25日

被告人 鴨崎一恵

昭一七・一・二生 無職

主文

被告人を無期懲役に処する。

押収してある郵便貯金払いもどし金受領証一枚(昭和四五年押第二一号の一八)の偽造部分を没収する。

押収してある印鑑一個(同号の二九)を被害者稲谷武士に、同じく押収してある現金中八八、〇〇〇円(同号の八の全部および同号の九のうち八、〇〇〇円)を被害者根石保雄にそれぞれ還付する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、兵庫県赤穂郡上郡町上郡三五六番地の一において船曳国雄、同文重の長女として生まれ、右両親に養育され、兵庫県相生市立那波小学校、同那波中学校を経て同県立相生産業高等学校に進学したものの、同校三学年二学期頃両親と意見が合わず、勉学にも嫌気がさしたため家出し、大阪市内のパン屋や岡山市内の美容院、バーで働いていたところ連れ戻され、その後親もとから通勤し、姫路市内のデパートの店員、相生市内の造船関係会社の事務員として働いていたが、再度家出して、神戸市内の造船会社の食堂や大阪市内の岡山県貨物運送株式会社大阪支店西淀川営業所の食堂で働くうち、同営業所で自動車運転手をしていた鴨崎満寿雄と知り合い、昭和四一年一〇月二二日結婚したもので、同四三年五月二一日には長女加奈子が出生し、更に同四四年五月に至つて夫満寿雄が同会社岡山支店勤務に配置換えとなつたことから、岡山市大工町四三番地同会社大工療二二号室に居住することとなつたものであるが、

第一、夫満寿雄が結婚前に起した交通事故のため運転手から作業員に職種換えされていたことから同人の給与が安く、月額四〇、〇〇〇円程度で月賦の支払、食費その他の支払など一切をまかなわねばならず、しかも右大工寮に転居した後の昭和四四年七月一七日には長男満徳が出生したことから次第に生活は逼迫し、ために同じ大工寮内の主婦たちから現金や米を借り、また保険の解約返戻金を夫満寿雄に無断で使用するなどしてやり繰りをし、急場をしのいでいたところ、同年一一月三〇日夫満寿雄より受け取つた一一月分の給与は同人が前借してカメラを買つていたため二三、〇〇〇円しかなく、更にそのうちから一〇、〇〇〇円を右カメラ代金の支払にあてるため取り上げられたうえ、あてにしていた一二月分のボーナスまで全額預金する旨同人から告げられたことから一二月の生活費の捻出に困窮し、あまつさえ日頃親しくしていた隣家の主婦稲谷邦子(二五年)から同月二七日と二九日の二回にわたり合計一三、〇〇〇円を一二月一〇日頃までに返済する約束で借りていたところ、かねて希望していた今保の社宅へ一二月一四日に移転することに決まるに及んでそれまでには是非とも右金員を返済しなければならないのみならず、右移転費用をも捻出する必要に迫られ、それまで夫満寿雄より給与の範囲内で家計を仕切るように常々言われ、かつ被告人自身も幼時より人並みはずれて虚栄心が強く、同人に対し日頃へそくりが一〇〇、〇〇〇円位もあるといつていた手前今更右窮状を同人に打ち明けることもできないまま、被告人一人で金策に種々苦慮していたが、次第に右移転の日が迫るにつれていよいよ追い詰められた結果、ついに同年一二月五日頃に至つて前記稲谷邦子方には日頃親しくしているため出入しやすいうえ、同女を殺害すれば借り受けている前記金員を返済する必要がなくなるばかりか、給与日から間がないため多額に有していると思われる金員を強奪することができると考えるに至り、決行日を同女の夫武士と被告人の夫満寿雄がともに夜勤のため留守となる夜と決め、また殺害方法もテレビ番組の中からヒントを得て金槌をもつて同女の頭部を殴打して殺害しようと企て、同月八日夜稲谷邦子より右武士の夜勤日を聞き出したところ、偶々翌九日夜が同人および被告人の夫満寿雄の夜勤日であつたことから同夜決行することとし、右九日夜風呂帰りの同女より同夜訪問することの承諾を得たうえ、午後九時三〇分頃自宅台所の流しの下にあつた金槌(昭和四五年押第二一号の二)を取り出すと、カーデイガンの左袖の中に隠し、その上にホームジヤンバー(同号の一七)を着用して雑誌「婦人生活」(同号の四)を所持して前記大工寮二四号室の稲谷邦子方に赴き、同女宅四畳半の間においてホームゴタツにあたりながら同女に対し右雑誌を見せたり、その後帰宅した際持参した被告人の子供の写真を見せるなどしながら同女の隙をうかがつたが、同女を殺害する機会を見い出せないまま自宅に寝かせておいた子供が起きていないかどうか、また近所の人が起きているかどうかを確かめるため、三回にわたつて自宅と同女方とを往復したのち、四度目に午後一一時頃同女方を訪れると、前記四畳半の間において同女とともにテレビの歌謡番組を見ながら、更に同女の隙をうかがい続け、翌一〇日午前〇時二〇分頃になつて右番組も終了し、漸く同女が自己の頸部に手をまわしてもんでいるのを認めるや、この機会を逸するならば、もはや同女を殺害し、金員を強奪することは不可能になるものと思い、ホームゴタツ内に隠し置いていた前記金槌を取り出すと、「肩をもんであげよう。」と申し向けながら同女の背後にまわり、しばらく同女の肩をもんで油断させたのち、いきなり右金槌をもつて背後から同女の頭部を数回力一杯殴打し、更に「人殺し。助けて。」と叫びながら台所の方へ逃れようとする同女の頭部にコタツ掛(同号の一三)をかぶせて声を立てさせないようにしたうえ、同金槌で殴打しようとしたが、同女と金槌の奪い合いとなつた末右金槌の先が飛んでしまつたことから同女がリンゴの皮をむくため同間に持つて来ていた菜切包丁(同号の一)を認めるや、これをもつて同女の頭部、顔面、背部、胸部、上下肢と所かまわず百数十回にわたつて突き刺し、或は切りつけて間もなく同所において同女を深さ左肺上葉、心臓左心室にそれぞれ達する二個の左胸部刺創に基づく失血により死亡するに至らしめて殺害し、更にその際同女の生後五箇月になる長女洋子が泣き叫ぶため右犯行の発覚をおそれて同女をも殺害しようと決意し、前記菜切包丁をもつて同女の左頬部および左下顎部を突き刺したが、なおも同女が泣き止まないため前記稲谷邦子が同女の鼻汁を拭くために持つて来ていた小鶏卵大の綿球(同号の一四)を同女の口腔内に挿入し、間もなく同所において同女をも還延性窒息により死亡するに至らしめて殺害したが、自宅において子供の泣き声がしたことからいつたん帰宅して子供を寝かしつけたのち手袋を用意して再び前記稲谷邦子方に引き返し、六畳間の和ダンス内より同女所有にかかる現金一、三〇〇円位在中の赤皮製がま口一個(特価五〇〇円位相当)、稲谷武士所有にかかる郵便貯金通帳一冊(記載残高八八、〇〇〇円)、印鑑一個(同号の二九)を、同間洋服ダンス内より稲谷邦子管理にかかる現金二〇、〇〇〇円をそれぞれ強取し、

第二、右強取にかかる郵便貯金通帳を利用して金員を騙取しようと企て、前同日午前九時二〇分頃前同市南中央町一二番一五号岡山桜町郵便局において、行使の目的をもつて、ほしいままに、ペンを用いて備付けの郵便貯金払いもどし金受領証用紙の通帳記号欄に「うほき」、通帳番号欄に「五〇六〇五」、払いもどし金額欄に「八八〇〇〇」、払いもどし人住所氏名欄に「市内大工町」「稲谷武士」とそれぞれ冒書し、その情を知らない同郵便局員吉富美津子をして右名下に前記強取にかかる印鑑を冒捺させて稲谷武士名義の郵便貯金払いもどし金受領証一枚(同号の一八)を偽造したうえ、即時同所において、右吉富美津子に対し右偽造にかかる郵便貯金払いもどし金受領証をあたかも真正に成立したものであるかの如く装つて前記郵便貯金通帳とともに提出行使して前記金員の払い戻し方を求め、同女をしてその旨誤信させ、即時同所において同郵便局員小橋匠を介し郵便貯金払い戻し名下に同郵便局長根石保雄からその管理にかかる現金八八、〇〇〇円(同号の八、九の一部)の交付を受けてこれを騙取し

たものである。

(証拠の標目)(証拠略)

(法令の適用)

被告人の判示第一の各所為はいずれも刑法二四〇条後段に、判示第二の各所為中、郵便貯金払いもどし金受領証偽造の点は同法一五九条一項に、同行使の点は同法一六一条一項、一五九条一項に、金員騙取の点は同法二四六条一項にそれぞれ該当するところ、右の有印私文書偽造と同行使と詐欺との間には順次手段結果の関係があるので、同法五四条一項後段、一〇条により右を一罪として最も重い詐欺罪の刑(ただし、短期は偽造有印私文書行使罪の刑のそれによる。)で処断することとし、判示第一の各罪につきいずれも所定刑中無期懲役刑を選択し、以上は同法四五条前段の併合罪であるから同法四六条二項本文、一〇条により犯情の重い稲谷邦子に対する強盗殺人罪について被告人を無期懲役に処し、他の罪については刑を科さないこととし、押収してある郵便貯金払いもどし金受領証一枚(昭和四五年押第二一号の一八)の偽造部分は判示第二の偽造有印私文書行使の犯罪行為を組成した物で何人の所有をも許さないものであるから、同法四六条二項但書、四九条一項、一九条一項一号、二項本文によりこれを没収し、押収してある印鑑一個(同号の二九)は判示第一の各強盗殺人罪の賍物で被害者稲谷武士に、同じく押収してある現金中八八、〇〇〇円(同号の八の全部および同号の九のうち、八、〇〇〇円)は判示第二の詐欺罪の賍物で被害者根石保雄に還付すべき理由が明らかであるから刑事訴訟法三四七条一項によりこれをそれぞれ還付することとし、訴訟費用は同法一八一条一項但書を適用して被告人に負担させないこととする。

(心神耗弱の主張に対する判断)

弁護人は、被告人が従来から生理前に精神の安定を失い、家出転職等の発作的行動を繰り返していたもので、本件犯行当時も右生理前の時期にあたつており、生活費移転費の捻出を苦慮するのあまり、自己の行為の是非善悪を判断し、これに従つて行動する能力が著しく減弱していた結果本件犯行に及んだものであると主張する。

そこで検討するに、第三回公判調書中の被告人の供述部分および第二回公判調書中の証人鴨崎満寿雄の供述部分ならびに医師熊代永作成の精神鑑定書によると、被告人は本件犯行当時長男満徳を出産後二回目の生理のある時期にあたつたこと、また被告人は従前家出、自殺企図といつた衝動的、短絡的な行動や夫満寿雄と派手な夫婦喧嘩をするといつた粗暴な行動をなしているが、被告人が右の如き行動に出た際は、生理前の時期にあたつていたこともあつたことを認めることができ、従つて被告人は生理前の時期において精神的に安定を欠くに至ることのあることがうかがえる。

然しながら第二回公判調書中の証人鴨崎満寿雄および同船曳国雄の各供述部分、第五回公判調書中の証人熊代永の供述部分、前記医師熊代永作成の精神鑑定書によると、被告人の父母や夫は右精神的変調について格別異常なものであるとは感じておらず、また生理前の時期において脳波検査、一般血清化学検査、メコリール試験を実施した結果では特に異常所見はなく、結局異常月経とまでいえるものではないとされているのである。

ところで、同鑑定書によると、被告人は利己的、独善的で頑固、冷淡どちらかというと分裂気質的な父親の性格と母親のややこれに似た温情味を欠く性格を受け継いだうえに、幼時より両親の右性格を反映した言動に強い影響を受けながら成長した者で、中学校、高等学校時代において利己的、非社会的な行動をしているほか、人並みはずれて強い自己顕示欲とこれを実現させるための虚言症をその性格中に固定化、定着化させており、右高等学校退学後はこれに更に家出、自殺企図、転職といつた形での衝動的短絡的な行動を加わらせており、結婚後においても右の衝動的、短絡的な行動は減退しているものの、依然として夫に対し逼迫した生活状態にあることを秘していたばかりか、一〇〇、〇〇〇円位のへそくりまであると嘘をつくなどきわめて強い自己顕示者的な行動をとり、なお夫満寿雄と夫婦喧嘩をした際には刃物をもつて同人に立ち向つて行くなどの粗暴な行動もなしていることから被告人は情性欠如者的および爆発的性格を伴う著明な自己顕示者的異常性格者であるとされている。また同鑑定書によると、諸種の心理検査の結果の分析においても、被告人は機械的な計算、照合、思考を必要としない単純具体的な作業にはかなりの能力を発揮するが、思考、推理、洞察を伴うより高次の知的機能は未発達であり、また情緒面は陰惨で冷情な面をもち、強い劣等感の裏返しとして自己顕示欲が強く、自己中心的で衝動的、短絡的な行動をとりやすく、対人関係においては攻撃的となりやすいというのである。

しかし反面同鑑定書によると、被告人の一般的状態、態度、行動および意欲に異常はなく、意識は清明であり、自我の病的障害は認められず、また病的思考もなく、感情面において被暗示性がやや強く、激昂しやすい傾向があるが、病的異常は存せず、妄想等はなく、見当識、記憶、知能は正常範囲内にあつて、いわゆる狭義の精神病的な異常は認められないというのである。また、頭蓋レントゲン検査、右脳血管撮影、気脳写検査、メコリール試験、血液一般検査、尿一般検査、一般血清化学検査等の諸検査において異常なく、ただ脳波検査において正常の限界ないし境界領域にあり、脳脊髄液蛋白検査においてガンマーが低値を示すが、特に病的異常所見とまではいえず、結局被告人は身体的現在症においても正常範囲内にあるとされているのである。

結局のところ被告人は厳しい経済的苦境に直面してその異常性格の故に当時生理前の精神的に不安定な時期にあたつていたこともあつて本件犯行に出たものと認められるが、叙上の点を総合するならば被告人において本件犯行当時事の是非善悪を判断し、これに従つて行動する能力を著しく減弱していたとまでは到底認め難い。よつてこの点についての弁護人の主張は採用しない。

(量刑理由)

被告人の本件犯行は、生活費や借財の返済資金、転宅費の捻出に窮した結果、日頃右借財に応じてくれるなど被告人に親切にしてくれた隣家の主婦を殺害したばかりか生後五箇月になるそのいたいけな幼児まで殺害して金品を強奪したもので、いわば恩を仇で返した所業というべく、被害者の無念さには察するにあまりあるものがあり、しかもその犯行態様は計画的で残虐であり、犯行後の被告人の行動を見ても大胆不敵にして世人の心胆を寒からしめるものがあり、被告人の罪責はまことに重大と言わねばならない。

然しながら死刑はいうまでもなく極限の刑罰であつてその選択にあたつては慎重なうえにも慎重を期する必要が存するところ、被告人をして本件犯行へと走らせた背景には夫満寿雄が運転手から作業員に職種換えされていたため月額四〇、〇〇〇円程度の給料でもつて物価高の昨今親子四人の生活を維持しようとして生活費のやり繰りに苦しみ、経済的に次第に追い詰められて行つた一主婦としての被告人の姿を見ることができるのであつて、しかも夫満寿雄からかねてより右給与の範囲内で家計を仕切るように言われていたうえ、同人より二年年上で人並みはずれて虚栄心の強い被告人には家計が苦しいなどと泣き言は言えないばかりか、かえつて同人より常々へそくり位はしておくように言われて日頃同人に対し一〇〇、〇〇〇円位はへそくりをしていると嘘をつき続けていたことから同人から一一月分の給与を受け取つたときそれが一三、〇〇〇円しかなく、従つて一二月分の生活費に事欠くばかりか、更に今保の社宅への移転が決まつてこれまでに借りていた金員を返済するとともに右移転の費用をも捻出する必要に迫られるに至つても右窮状を同人に打ち明けることもできず、一人で種々金策に苦慮するうち次第に追い詰められて行つた被告人の心情には、それが自らの性格の悪性から招いた自業自得の面があるにせよ、一片の同情を禁じ得ないものがある。被告人の夫満寿雄は善良な人間であると思われるのであるが、月額四〇、〇〇〇円程度の収入をもつて親子四人が余裕ある生活を営めるものと軽信し、家計の窮状を察しようとしなかつたばかりか、被告人に対し常々へそくりをしておくように要求し、またこれを受けて被告人が一〇〇、〇〇〇円位へそくりをしていると嘘をついていたことをいささかも疑わず、あまつさえ右の如き逼迫した生活の中からカメラを買つて一一月分の給与を一三、〇〇〇円しか被告人に手渡さず、被告人が唯一の頼りにしていた一二月のボーナスすら全額預金するという始末で、更には今保に転宅したのち通勤用に使用するため自動車を購入する話を被告人に持ち出しているのであり、同人の家計に対するかかる無理解がなかつたならば本件犯行はこれ程までに残虐にして不幸な結果をもつてしては起きなかつたのではあるまいかと悔まれてならない。思えば本件はまことに浅はかな女心から出た犯行ということができ、犯行態様も前叙の如く計画的にしてかつ残虐なものではあるが、被害者の殺害方法についてもテレビ番組の中からヒントを得て金槌で頭部を殴打すれば簡単に死亡するものと考えて金槌を持参して被害者方へ赴いているのであり、これが成功しなかつた場合に備えて慎重に対策を考慮した形跡などはいささかも認められず、また被害者に対し菜切包丁をもつて百数十回にわたり滅多突きに刺し、或は切りつけて殺害するに至つたのも金槌で被害者の頭部を殴打したところ被害者から意外な抵抗にあつてあわてふためき、動揺した心理状態の下で偶々その場にあつて目にとまつた菜切包丁を手にしていわば激情的に兇刃をふるつた結果生じたものであり、当初よりかかる残虐な殺害方法を予定していたものではなく、右の意味においてきわめて綿密に計画され、周到に準備された犯行とも若干相違するものがあると言わねばならない。そして被告人の罪責を最も重大ならしめている生後五箇月になる稲谷邦子の長女洋子を殺害した点についてももとより当初から同児の殺害を計画していたものではなく、稲谷邦子の殺害に際し不幸にも同児が泣き叫んだことから殺害するに至つたもので、偶発的犯行ということができる。更に本件においては夫満寿雄および父国雄から被害者の夫である稲谷武士に対し被告人の強奪した現金二一、三〇〇円が弁償されているほか、この種事案では比較的稀な金一、六〇〇、〇〇〇円にのぼる金員が慰藉料として支払われており、もとよりこれをもつてしても被害者の遺族の感情はいささかも慰藉されてはいないのであるが、ともかくも被告人のためまた自らも道義的責任を感じて苦しい生活の中からこれを支払つた被告人の父や夫の心情を汲んでやることも刑政の目的に適うところかと思われる。そのほか、前叙の如く被告人は本件犯行当時生理前の時期において多少とも精神的な安定を欠いていたこともあつて本件犯行に出たと思われること、また被告人にも二人の幼い子供が残ることなど一切の事情を斟酌するならば、被告人の本件犯行にはまことに許し難いものがあるけれども、今被告人を死刑に処するよりも無期懲役に処し全生涯をかけて自己の犯した罪業への反省をさせるとともに非業の死を遂げた被害者たちの冥福を祈らせることが相当であると思料する。

よつて主文のとおり判決する。

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